2005-12-31(土) [長年日記]
_ ETV特集選「"ゼロ戦ニ欠陥アリ"公開された設計メモ」
第九の続きで見ていた。
何か新しい話が出てきたのかと思ったが、そういうわけでもなかった。
零戦開発では堀越技師の片腕だった曽根・設計副主任が保管していた設計メモをベースに当時の開発状況を追っていく筋立て。
十二試艦戦では軽め穴(肉抜き穴)によるパーツ欠落が原因で空中分解に至ったのに、中国大陸爆撃の護衛戦闘機として投入を急いだために根本的解決をしないまま量産。
生産効率を上げるために翼端をカットした32型は航続距離が短くなってしまったため、ラバウルからガダルカナルまで往復できず、前線では32型より21型が求められた。設計メモでも航続距離比較が出ていた。 海軍航空本部長は責任を取って進退伺いを出すが不問にされて誰も責任を取らず。
航続距離を戻すために翼端形状を元に戻し、7.7mm機銃の弾を減らして胴体燃タンの容量を増やそうと提案するが機銃弾の削減は認められず、翼内燃タンの追加となってしまう(22型)。設計メモでは被弾率の高い翼内タンクの追加は安全上の問題が多いとしている。
アリューシャンで機体が捕獲されたことを契機に米軍に徹底的に研究された零戦は防弾力が弱いことや機体強度不足のために急降下速度があげられないことも知られてしまい、F6Fの対零戦戦術につかわれてしまう。
一方の開発チームはB-17の機体などから、燃料タンクや機体の防弾装備をみていかに日本機と考え方が違っているかを痛感するが、マージンの無い零戦には防弾強化をする余裕はなかった。また海軍も生存率をあげることより機動性を維持することを主張していたため、ベテランパイロットが減る中、新参パイロットもろくに育つ余裕がなかったのだった。。。
上のように取り立てて新しい話はなく、柳田邦男のまとめでも海軍の搭乗員を育てる思想の欠落(米軍の生存優先思想と比較して)を問題にして終わってしまうのが物足りない(はずれていないが、言い古されている話なのでおもしろくない)。
まあ、よかったのは東大の構造力学研究室で零戦の強度の実証をしたり主翼にしわが寄る現象を再現したりして見せたところと、当時の設計者の証言が聞けたところか。